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臨床病理 54(補冊) : 194、2006年10月20日
The Official Journal of Japanese Society of Laboratory Medicine 54(Suppl.) : 194, 2006.10.20
第53回日本臨床検査医学会総会 O-131

ゲノム医療からオミックス医療への展開と臨床検査医学の貢献

○西堀 眞弘 東京医科歯科大学医学部附属病院検査部

【目的】我々は昨年本学会で、ゲノム情報と臨床情報との連関に基づく医学的判断を体系化した臨床ゲノム診断学の確立が、医学医療に与えるインパクトについて報告した。しかし、ゲノムレベルの個人差が疾患として表現されるまでの間には、プロテオーム、メタボローム、シグナロームなどのいわゆるオミックス情報の階層構造とそれらの間の極めて複雑なネットワークが介在するため、従来のアプローチでは解明が困難である。そこでその克服を試みた。
【方法】我々はこの課題に対して、システム生物学の手法を応用したシステム病態学という体系を考案し、生命維持に必須の基本生体機能をブラックボックスとしたまま、疾患特異的に変動するネットワークの経路、即ち病因パスウエイに絞って抽出を試みた。その結果現在の医療がオミックス医療に再編されうる可能性を見いだしたが、具体的内容は知的財産権と実診療への影響が未解決であるため、今回の発表では単純化したモデルで基本概念を提示する。
【結果】柱が木、鉄、煉瓦のどれかでできている建物と、湿地、海辺、活断層上といった立地条件との組み合わせを考える。素材は設計図即ちゲノムで決まり、立地毎に異なる潮風、白蟻、地震といった環境要因によって柱が折れ建物が傾くことが発症に相当する。臨床ゲノム診断学では、ゲノムから分かる柱の素材と傾く建物の割合の関係を調べるだけなので、素材毎の発症確率しか分からない。それに対し、倒壊に関係しない仕切り壁や内装、設備等はブラックボックスとしたまま、個々の建物の柱の傷み具合だけを調べ、構造計算により個々の倒壊確率を予測するのが臨床オミックス診断学である。柱が鉄で出来ている海辺の建物全部に防錆処理や他の場所への移築が必要となるゲノム医療に比べ、海辺かどうかに関わらず、錆が進行し居住期間中に折れる危険がある建物だけ選んで対処を施すオミックス医療は、格段に的確かつ効率的である。さらに、もし素材が屋根と共通であった場合、「雨漏り」や「傾き」といった表現型、即ち病態で分類されていた医学が、「潮風による鉄の腐食」という病因パスウエイ毎に再編される可能性も考えられる。
【結論】臨床オミックス診断学を実地臨床に適応するには、観測された現象の類似性を根拠に構築されたこれまでの医学医療といかにうまく整合性を図るかが鍵となる。その際、データに基づく診断を、科学的に正しくかつ患者ひとりひとりの状況に応じて適用する指針であるEvidence Based Laboratory Medicine (EBLM)の貢献は、極めて大きいことが期待される。したがって臨床検査医学は、オミックス医療に臨床的な基盤を提供することにより、医学および医療全体の形を変える可能性をもつと考えられる。

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